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【神社検定3級】3ヶ月での合格体験記【50歳からの試験対策】

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 【神社検定3級】50代からの試験対策と合格体験記 神社検定 に挑戦することにした。理由は、50代になってから集中力や記憶力がかなり衰えてきたので、何か頭を使うことに挑戦しようと思ったからだ。その中で、もともと興味があった神社仏閣の知識を深めてみようと考え、最適だったのが「神社検定」というわけだった。つまり、自分の頭の衰えを克服することが一つの目的。もう一つは、自分の趣味の分野を深く掘り下げること。そのような目的で挑戦を決めたのだった。 勉強を始めて驚いたこと 対策を始めて驚いたことの一つは、 固有名詞が全く頭に入ってこない ということだった。自分で想像していたよりも覚えることができない。神社検定では、神社の名前や神様の名前などを覚えなければいけない。これが本当に大変だった。三回、四回と繰り返し覚えようとしても、なかなか頭に入ってこない。こんなに記憶力が劣化しているのかと、軽く絶望を感じるほどだった。マークシート形式(選択)でなければ、受験はあきらめていただろう。 テキストに向かっても、二十分もすれば目や腰が疲れてくるし、集中力も続かない。スマホの通知が来るたびに、ついついそちらに目を向けてしまう。正直、面倒になってきて「これから、こんなに語句を覚えるのは大変すぎる」と 断念しそうになった 。しかし、ここで止めてしまっては何の変化もないし受験料も無駄になる(3級は5.900円 税込)。このような自分の衰えを体感できたのも、ある意味今回の大きな収穫だと考えて継続することにした。 学習方法 メインで使用したのは公式テキスト「 神社のいろは 」。これを中心に三ヶ月前から対策を始めた。効率の良い学習方法としては「過去問中心」ということになると思うが、今回の目的は 「知識を頭に入れること・試験勉強を通して頭を鍛えること」 だったので、公式テキストを読み込み、地道に取り組むことにした。毎日、昼休みに二十分から三十分ほど時間を取って、テキストを読む時間を確保した。三週間くらい継続した段階で「昼の勉強時間がルーティン」になり淡々と進めることができた。昼休みといえば食事をしてぼんやりと過ごすことが多かったので、メリハリがついて良かったと思う。 古事記との再会 古事記の分野は、学生時代から何度か古事記を読んだことがあったので、ある程度ストーリーは頭の中に入って...

50歳になって、考えたこと。【思えば遠く来たもんだ(中原中也 頑是ない歌より)】

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※以下の文章は、私(佐藤)が50代になった時に考えたことを、 note に書いたものです。一部引用して、こちらのブログにも掲載します。 中学生のころ、亡くなった叔母に「私、何歳に見える?」と聞かれたことがあった。叔母は、お洒落で華やかな話し方をする人だったので中学生の私には若々しく見えた。しかし30代では若すぎるような気もするし、50代ではないように思えたので中間をとって「40歳くらいですか?」と答えた。 叔母はカラカラと笑いながら「50歳よ50歳。すごいでしょう?」と言った。その時の私は「そうか叔母さんは50歳なのか。なんだかよくわからないけれど、すごいな」と思っていた。中学生の私にとって「50歳」は、はてしなく遠い未来であり、なかなか「たどり着けない地点」に思えたので、そこに到達できた叔母はすごい。そして同時に「どこか、自分には関係のないこと」などと感じていた気配がある。 つづきを読む (無料で読めます) ☺ このブログの「目次」へ ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール   ✍︎: 佐藤への仕事の依頼&問い合わせ   ✏: つまり、佐藤の本棚(更新終了)   ☑: ブログのTOPへもどる 佐藤ゼミでは、 文学作品を通して「考えるヒント」 を提供していきます。夏目漱石・芥川龍之介・太宰治・宮沢賢治など、日本を代表する文豪の作品から海外文学まで、私(佐藤)が読んできた作品を取り上げて解説します。チャンネル登録(無料)&高評価で応援お願いします。 ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「オンライン文学講座 佐藤ゼミ

【Podcast】 2023年度まとめ「佐藤ゼミ ラジオde文学講座」

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2023年 再生回数が多かった配信は 今年もSpotifyから【佐藤ゼミ ラジオde文学講座】2023年度の「まとめ」が届いていた。 それによると、2023年にもっとも人気があったエピソードは「 夏目漱石から、武者小路実篤への手紙 」とのこと(平均的なエピソードに比べて252%多く再生)。 このエピソードの再生回数が増えた理由は、内容がよかったからではなく「夏目漱石 武者小路実篤」と、タイトルに文豪の名前が2人入っていたため、通常よりも多く再生されたのだと考えている。この理論でいくと、タイトルに文豪の名前を3人入れれば再生回数が増えることになる。今年はどこかの配信で、一度試してみようかと思っている。 【佐藤ゼミ】を聴くきっかけになった配信 さらに、新しいリスナーが【佐藤ゼミ】を聴くきっかけになったエピソードが「 宮沢賢治 銀河鉄道の夜 」とのこと。このエピソードは2020年10月に配信したものなので、かれこれ3年以上もの間、聴き続けられてきたということになる。私の配信のように、流行に関係ない内容のPodcastは「バズる」ことは少ないのだが、細々と長く視聴してもらえる可能性があるということになる。 配信者としては「一度、バズってみたい!」という気持ちがあるわけだが、そのようなチャンスを手にできる番組はごく一部なわけで、それならば「細々でも長く」視聴してもらえるコンテンツを目指すというのも戦略のひとつであると思う。今年も実験と実践を続けつつ、長く視聴してもらえるコンテンツを試行錯誤してみたいと思う。そしてひとつくらいは「ややバズ」を目指してみたいと思う。 世界 30ヶ国で再生される そして昨年 【佐藤ゼミ】は、30ヶ国で再生 されたらしい。ちなみに外務省によると、世界の国数は196ヶ国とのこと。つまり約15%の国で再生されたことになる。海外出張中の日本人の方が聞いてくれたのか、それとも外国人で日本文学に興味がある人なのか。それらを細かく確認することはできないのだが、世界各国で私の配信に耳を傾けてくれた人がいる、と考えるととても楽しい。私の声が、本人が行ったことがない世界のどこかで再生されている様子を想像すると、背中のあたりがざわざわするような気もする。これもまたPodcastで配信する醍醐味なのひとつなのかもしれない。 昨年(2023年)は、諸事情で月1回前後の配信と...

映画「THE FIRST SLAM DUNK」を、観てきた話。

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映画「THE FIRST SLAM DUNK」を観た。 筆者は、スラムダンクをリアルタイムで読んでいた世代である。コミックも全巻もっていた。「井上雄彦 最後のマンガ展」も行った。しかし、ガチガチに読み込んでいたわけではなく、バスケ部でもない(サッカー部だった)いわば【普通の読者】である。 そんな私だが「スラムダンクが映画になる、しかも脚本と監督が井上先生」と知った時は、さすがに胸が踊った。それと同時に、公開前から様々な視点から話題(批判?)が出ている様子を目にするにつけ、なんとなく不安要素も芽生えていた。「井上先生が手がけた作品だから、大丈夫に決まっている」という断固たる思いと同時に「いや、しかし、それでも」と情報に振り回される部分もあった。 実際に、私の妻は公開初日に友人3人と観に行ったのだが、妻以外の2人は「思っていたのと違う」という感想をもらしていたという。原作とアニメ版に思い入れが強いあまり、そのような感想になったらしい。うーん、逆に興味が湧いてきた。と、いうわけで、ここからは私の印象を書いていく、 一部ネタバレも含まれるので「観に行く」ことを決めている人は、読むのを止めることをおすすめしたい。 「観に行こうかな。どうしようかな」と迷っている、私と同世代の方は、個人の感想ということで、さらりと読んでいただきたい。 ここから「内容(ネタバレ)」あり さて結論である。私は「おもしろかった!」に一票である。私はTOHOシネマズのIMAXで観たのだが、 臨場感がすばらしかった。 実際にコートでバスケをしているような感覚、というと大げさかもしれないが、それに近いような印象を感じることができた。ボールが地面を跳ねる音、身体がぶつかる鈍い感触、息遣い、部活をしていた時の息苦しい感触(繰り返すが、私はサッカー部である)が蘇るような気さえした。相手チームのディフェンスの圧がすごくて「こんなの、どうやって攻めればいいんだ?」とさえ思った。 この表現を映画館のスクリーン(IMAX推奨)で楽しめるだけでも、十分に満足できる作品だと個人的に感じた。 ストーリーは「原作+劇場版オリジナル」 という構成なので、原作を映画版で完全再現してほしい、という人たちには「あの場面がない!」と感じる人もいるかもしれない。今回は「宮城リョータ」を軸にストーリーが進んでいくので、他のキャラクターに思い入...

「食べてくれる人がいることが肝心」(檀一雄流 男の家庭料理五箇条より)

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            以前noteに書いた「 買ってよかったもの『男の料理編』Best3 」という記事が「編集部のおすすめ」に選ばれたので、いつもよりも注目していただくことができた。この記事には、自粛期間中に手に入れた調理道具を3種類ほど書いた。普段料理をしない、全くの「自炊素人」が書いた記事というのが、共感をいただけたのではないかと思う。 そして「 買ってよかったもの『男の料理編』Best3 」には書かなかったことを補足しておくと、私が「男の料理」をするようになったのは 「一緒に食べてくれる人」が、いる からである。もしもこれが自分一人だったならば、それこそ適当にご飯を炊いてチャーハンと味噌汁を作って、程度の食事を続けていたことは想像に難くない。 実際に、大学生のころには「朝:コーヒー 昼:定食屋で食事 夜:弁当」というような感じで生活をしていた。一応健康を考えて、牛乳と飲むヨーグルトを定期的に摂取してはいたが、その程度である。今よりも体重も15kgほど少なく、だいぶ痩せていたのでバイト先の社員から「大丈夫か? ちゃんと飯を食ってるか?」と心配され、飯をごちそうになったくらいである。 その時は「バンドマンは、痩せてないとダメなんですよ」と、わけのわからない理由を口にしていたが、風邪を引いても治りにくかったし、インフルエンザになった時は数日家から出られないほど衰弱したので、確実に栄養は偏っていたと思う。 檀一雄流 男の家庭料理五箇条 しかし、一緒に生活をしている人がいると「誰かのためにつくる」という発想が生まれるので、重い腰を上げて料理をすることができる。「今日は肉料理だから、野菜を多めにしよう」などと、考えたりもする。そして、母親は毎日このような感じで食事を作ってくれたのだな、と感謝の気持ちも芽生えたりする。 作家の檀一雄は 「檀一雄流 男の家庭料理五箇条」のひとつとして「食べてくれる人がいることが肝心」 としている。この気持ちはとてもよくわかる。普段料理をしない人間には、これが一番重要かもしれない。 幸いなことに、私の連れは何をつくっても「おいしいね!」と言いながら食べてくれる。実際にはたいしたことのない料理でも、そう反応を返してくれると「じゃあ、次は何を作ろうか」という気分になる。なので、もしパートナ...

「カレーライス」か「ライスカレー」か?

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「カレーライス」と「ライスカレー」どちらが正しい? 皆さんはそんなことを考えた事はありませんか? 小学生の頃の私は、この違いが気になり色々と考察した結果、 「カレーが上でご飯が下 = カレーライス」 「ご飯が上でカレーが下 = ライスカレー」 という結論にたどり着いた。つまり 「カレーとご飯の位置関係で、カレーライスかライスカレーかが、決定するのではないか」 ということである。それまでの人生の中で「ご飯が上になっているカレー」を見たことはなかったが、それはまだ自分が見たことがないだけできっとどこかに存在する、ということにして、小学生のころの私はこの結論に、ひとり満足したのであった。 先日、自宅でカレーライスを作っていた時、ここに書いたことが気になりネットで検索してみることにした。すると、 「ライスにカレーをかけたもの =ライスカレー」 「ライスとカレーを別にしたもの =カレーライス」 という説が有力であった。小学生のころの私は 「ご飯とカレーの位置関係がポイント」 というところまでは辿りついていたが、もう一歩踏み込みが足りなかったようだ。確かに、何かの絵本でカレーポットのイラストを目にしていたし「なんかあれ、かっこいいな」とも思っていたのだった。残念である。 以上のことを考察すると、私が昨晩食べたものは「ライスカレー」ということになるのだろう。食事の席で 「今、僕たちが食べているのはカレーライスではなくライスカレーなんだ。この違いわかる?」 などと、うんちくを語ってみたい欲求が湧き上がってきたが、おそらくそんなことを語ったとしても誰も聞いてくれないし嫌悪感が増すだけだと思うので、ひっそりとここに記しておくことにした。もしもあなたが、いつかどこかでこの情報を使える時があれば、ぜひ活用していただきたい。   ☺ このブログの「目次」へ ☝:筆者: 佐藤隆弘のプロフィール   ✍︎: 佐藤への仕事の依頼&問い合わせ   ✏: つまり、佐藤の本棚(更新終了)   ☑: ブログのTOPへもどる

鳥をだく(畦地梅太郎)をみると、思い出すこと

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百科事典で、出会った「作品」 小学生の頃の話。自宅に子供向けの百科事典があった。詳しい名前も出版社なども忘れてしまったが、全部で10巻位のシリーズだったと思う。小学生の頃私は、読む本がない時などに繰り返しその百科事典を広げては眺めていたのだった。 そのシリーズに「美術」を扱った巻があった。様々な地域と時代の美術品が、カラー写真と一緒に掲載されていた。とくに、スーラとブリューゲルの作品が気に入っていて、 特にそのページは繰り返し眺めていたような記憶がある。 その中に、一点「ふしぎな作品」が掲載されていた。他の作品は「すごいなあ」と、子供ながらに楽しむことができたのだけれども、その作品だけは「奇妙だ」という印象を受けたのだ。 奇妙で、よくわからない。これは一体何なんだろう。 それと同時に、 よくわからないけれども、なぜか不思議に気になる、 強い印象を受けた作品があった。 それが、 畦地梅太郎の「鳥をだく」 だった。 まっすぐ、で、不思議。 そこに描かれている人物は、 目を見開くようにしてまっすぐにこちらを見ている。 手には鳥が抱かれているけれども、あまりうれしそうではない(と、小学生の私にはそう感じられた)何かどこかが、 不思議なバランスでできているような気がする 。小学生の私にはうまく説明できないけれども、妙に心に引っかかる作品だったのだ。 それから数年の時間が過ぎ、この作品が版画という技法で制作されていると知った。そして、この人物が山男であるとわかった。そして畦地梅太郎の、他の作品を眺めたり、書籍などを読んでいくにつれ、ますますこの世界観に魅了されている自分がいた。 今、私の部屋には「畦地梅太郎の鳥をだく」が掛けられている。眺めるたびに、どこかまっすぐな気分になる。以前登った山の風景も思い出したりする。 これからも私は、この作品を眺めていくのだろうと思う。 そして眺めるたびに、子供の頃の記憶や、山歩きをした時の記憶を振り返りながら、まっすぐで不思議な気持ちになるのだろうと思う。 (補足) 別冊太陽「 山の版画家 畦地梅太郎 」に、竹芳洞による版画の制作工程が解説されているページがある。それを見ると、一見するとシンプルな作品でも、何度も擦りの作業が重ねられていることがわかる。興味がある方はぜひご覧になってみてください。 ・ 畦地梅太郎の著作をAma...

パーコレーターで、コーヒーを飲もう

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先日、 パーコレーターをいただいた。 新しい道具を手に入れると、すぐに使ってみたくなる性格の自分は、さっそく豆を購入しコーヒーを淹れてみることにした。実際に淹れてみると、最初の数回は手間取ることもあったが、慣れると楽しく淹れることができたので、入手を考えている人のために、ざっくりと手順を解説してみたい。 本体で湯を沸かしつつ、中身の器具(バスケットと、呼ぶらしい)を取り出してコーヒー豆を適量いれる。 使用するコーヒー豆は「粗挽き」 が適しているので、事前に準備しておこう。豆を購入する際に「粗挽きで」と注文すると、なんとなく新鮮な気分になれて楽しい。 湯が沸いたところで、器具を本体にセットする。自分の場合は、ここで1分間ほど放置して蒸らすようにしている。蒸らし時間が終わったら、 火力を弱火にして抽出開始 。 最初は、よくわからなくて強火で抽出してしまったのだが、香りが飛びクセのある味になってしまった。 火力の調整と時間が、パーコレーターを楽しむコツだと感じているので、これからも研究してみたいと思う。 本体の上部は、ガラスになっていて中身を観察できるようになっている。温度が上昇してくると、ここに蒸気と水滴があがってくる。最初はこのように透明の状況なのだが・・・ 時間の経過とともに、コーヒー色になってくる。個人的に、この様子を眺めているのが、パーコレーターの醍醐味のひとつではないかと思う。 ポコポコと噴き出してくる様子を眺めていると「おっ、順調に抽出されているな」と動きが見えるので楽しい。 カップを準備しながら染まっていく様子をたのしみたい 抽出時間なのだが、自分の場合は 「弱火で3〜4分」 くらいに設定している。上級者ならば、色味などを見ながら適した時間を判断できると思うのだが、初心者はタイマーなどで計測した方がよろしいかと思います。長すぎても短すぎても、いい塩梅にならないので、調整しながら「好みの一杯」を探っていこう。 完成。バスケットをとりのぞいたら、カップに注ぐ。濃いめの風味になるので、牛乳を温めてカフェオレにして飲むのもおすすめだ。 個人的には、お客さんがきた時に「パーコレーターでコーヒーを淹れますね」と、ちょっとしたイベント的に使うのも楽しいかな、と考えている。 コーヒーを楽しむ幅が広がる ので、気になっている方は、ぜひ挑戦してみていただきたい。たのしいですよ...

【体験談】ネオクラシックカーに乗る時の注意点(日産ラシーンの思い出)

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ネオクラシックカーを探す時の注意点とは? 最近「ネオクラシックカー」という言葉を知った。どうやら1980年〜90年代に発売されていた車のことを、そのように定義するらしい(間違っているかもしれないので、正しい内容は各自調べていただきたい)。本物のクラシックカーには手が届かないが、ちょっとレトロというか、今の時代には存在しないデザインに興味を持つ人たちが「ネオクラシックカー」として楽しんでいるらしい。 その気持ちはよくわかる。 私もどちらかというと「10年落ち」くらいの中古車で手頃なものを見つけてきて、メンテナンスしながら乗るのが好きな方である。10年落ちくらいだと、そこそこ程度の良い個体を、そこそこ手頃な値段で見つけられたりするし、メンテナンスや修理の費用を考慮しても、それ以上に楽しめる「何か」があると思うからだ。 ちなみに、前回の記事に書いた「 ラシーン 」もこの「ネオクラシックカー」に当てはまるらしい。そこで僭越ながら初心者の方に向けて 「ネオクラシックカーに乗るなら、このあたりを注意しておいた方がいいかもしれない」 という体験談を語ってみたいと思う。素人視点で率直に書いてみるので、気になっている方は読んでみてください。 その1)信頼できる工場(店)を探すべし はっきり言う。 古い車は「必ず壊れる」 。前のオーナーの乗り方やメンテナンスのレベルにもよるが、どちらにせよ故障する部分が出てくるのは間違いない。そんな時に頼りになるのが「信頼できる修理工場」である。 たとえば「ラシーン」の場合、私は中古で購入してから6年ほど所有していたのだが、 最後の2年間は「マフラーの腐食による交換」「エンジン周辺からのオイル漏れ」「リアブレーキキャリバーの交換」などなど、数ヶ月に一度の割合で「どこかを修理」 していた。 購入したのはディーラー系の中古車店だったので、最初の2年くらいはディーラーに修理を依頼していたのだが、費用もかさむので後半は民間の整備工場にお願いしていた。ディーラーだと「新品交換」が原則だが、民間工場だと「中古部品」を探して交換してくれるし、相談しながら修理を進められるのは大きかった。 ネオクラシックカーのような車に乗る時は「信頼して相談できる工場(店)」を探すことが重要である。自分の場合は「相談できる修理工場」と出会えたのが、よ...

盗まれた自転車が、見つかるまでの記録。

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自転車の盗難に遭う 先日、身内の自転車が盗まれた。施錠された状態で、マンションの敷地内から盗まれたのだった。「あるはずの自転車が、そこにない」時の絶望感は、経験したことのある人なら共感してもらえると思う。何が起こった? と軽くパニックになってしまう。 今回は盗難に遭ってから、警察へ相談し、自転車が戻ってくるまでの流れをレポートしてみたい。 警察に「盗難届」を提出する ただ呆然と立ち尽くしていても何も起こらない。悔しさを噛み締めつつ、できることは行っておきたいもの。まずは 「警察に連絡して、盗難届け」 を出した。購入した時の書類を見ながら「防犯登録」の番号などを確認し( 購入時に写真を撮っておくといいと思う。今回は、たまたま写真を撮っておいたのでスムーズに進んだ )警察に出向いて書類を提出する。 今回、手続きをする際に知ったのだが 「防犯登録には期限」 があるのだそう。地域によって対応は異なるらしいが「購入時に防犯登録をして、そのまま」にしておくと、期限切れになっている場合があるらしい。長く乗っている場合は、一度確認しておくのもよいかと思う。 近所の駐輪所を調べて回る 担当していただいた警察の方の話によると「ちょっと乗って、乗り捨てる」場合が少なくないとのこと。盗難に遭ってすぐならば、周辺の駅や駐輪場に乗り捨ててあるかもしれない、と仮定して週末に近所を歩いて回ってみた。 似たような自転車を目にする度に、近寄って確認してみる。ふと、このようにして駐輪している自転車を見回っていると、 周囲からは不審な行動に見えてしまうかもしれない 、と思った。 盗まれた自転車を探しているのに、逆に「盗む自転車を探している人」に見えてしまうかもしれない。周囲の人に不信感や迷惑をかけてしまっては本末転倒である。「健全そうな雰囲気で探さなければ。いや、しかし健全そうな雰囲気ってどんな雰囲気だ?」などと考えつつ気になった場所を探してみたのだが、 残念ながら自転車を見つけることはできなかった。 保険会社に連絡をする マンションの管理会社から 「自転車の盗難保険に入っている場合は、連絡した方がいい」 というアドバイスを受けたので、保険会社に確認してみると「今回のケースは保険の対象になる可能性がある」ということだったので申請する...

取引メッセージに何を書く? メルカリで古本を売ってみて考えたこと(その2)

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メルカリで古本を売ってみて、考えたこと(2) メルカリで購入(販売)をすると 「取引メッセージ」で、相手と簡単なやり取り をすることができる。 メッセージは任意なので省略することもできるのだけど、わりと多くの人が何らかのコメントを書き込んでくれる。ちょっとしたコメントでも、安心感が生まれるので、僕もなるべく書き込むようにしている。 「短い間ですがよろしくお願いします」 この取引メッセージに 「短い間ですが、よろしくお願いします」 という一文が添えられているのを何度か目にした。 この一文を目にする度に「確かに短い間の取引ではあるけれども、何かちょっと寂しい気がするな」と感じている自分がいた。 なんとなく「品物の取引が終わったら、 あんたとは永遠にさよならだ! 」と言われたような気がするのだった。もちろん実際に、永遠にさようなら、になるだろうし、それ以上でもそれ以下でもないのだけれども、すこし寂しい余韻の残る一文だと感じていたのだった。 「最後まで、よろしくお願いします」 先日、ある品物をメルカリで購入した。すると相手から 「最後まで、よろしくお願いします」 とメッセージが送信されてきた。ああ、これはいいなと思った。「取引が終われば関係は終了するけれども、 それまでは丁寧にお付き合いしましょう 」という印象を受けたのだった。 もちろん「短い間ですがよろしくお願いします」の方が好感が持てる人もいるだろう。「最後までよろしくお願いします」では、ちょっとしつこいような感じがする、と思う人もいるかもしれない。 そこで 「短い間ですが、最後までよろしくお願いします」 という折衷案を考えてみたが、これだと全体的な印象が弱くなるような気がする。 やはり「最後までよろしくお願いします」が、自分には心地よい一文に思えたのである。 誰もそんなこと考えない、とは思うけれど。 わりと僕は、ここに書いたようなことを折々に考えたりする。 そんな細かいことを考えても、とくに世の中に貢献できるわけでもないし、 見つけた答え(のようなもの)を誰かに話しても、ほとんど共感されることもない。 しかし、それでも僕はこのようなことを考えてしまうし、いつの日か共感してくれる人と出会えることを期待して試行錯誤を続けていこうと思う。 関連: 商品が届かない! ...

NORTH MARINE DRIVE → 45R

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meeting → NORTH MARINE DRIVE 高校一年生の時、僕はレストランでアルバイトをしていた。秋の気配が深まってきたある日、そこで働いていた一つ上の先輩が、気になるジャケットを着てきた。かっこいい、というのとも違う。かわいい、というのも少し違う。その中間というのだろうか。とにかく、当時の僕には「何か気になる」雰囲気の服に見えたのだった。 僕は先輩に「かっこいいジャケットですね」と言った。先輩は、まあね、というような表情をした。あまり多くを説明する人ではなかった。「それ、どこで売ってるんですか?」と僕は聞いた。先輩は、お店の名前と場所を教えてくれた。 それは、North marine drive というブランドだった。 North marine drive の「白の長袖Tシャツ」 翌月アルバイト代が出た僕は、教えてもらったショップへ行ってみることにした。予想通り、そこに並んでいた服は高校生のアルバイト代で気軽に手が出せる金額ではなかった。まして先輩が着ていたようなジャケットを買うには、まだまだ労働が必要だった。 その中から、自分にも買えそうなカットソーを一枚見つけることができた(当時はカットソーではなく、長袖Tシャツと呼んでいた。長袖という段階でTシャツではないだろうと、違和感を覚えつつもそう呼んでいた記憶がある)。デザインも雰囲気も良かったし、この一着で今月のアルバイト代が半分以上吹き飛んでしまうけれども、迷わず買うことにした。 数日後、そのカットソーを着てバイトへ行った。先輩は、すぐに僕のカットソーに気がついて、それいいじゃん、と言ってくれた。それだけでもう、このカットソーを買った甲斐があったと思ったものだった。 そして、45Rへ 先日書店で、デザイナーの井上保美さんの本を見つけた。手にとって眺めているうちに、ここに書いたことを思い出した。オフィシャルwebを見てみると、今の僕にも着こなせそうなラインナップが並んでいた。うん、やっぱりいいな、と思った。45Rを着てみたくなった。服が着てみたくて、わくわくするなんて、本当に久しぶりだと思った。 たぶん僕は、45Rの服の先に高校生の頃の自分の姿を見たのだと思う。それはノスタルジックな気分ではなく、あのころ好きだったことを、今でも好きでいられる自分を再認識したのだと思う。 服の選びかた、にも色々ある。...

はじめてのレザークラフト(土屋鞄製造所 レザークラフトキット編)

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土屋鞄製造所 レザークラフトキット なぜだかわからないのだが「革製品」には憧れのようなものを感じていた。学生の頃は、ライダースジャケットに、必要以上に大きいバックルのついた幅広の革ベルト、それにdr.martensのブーツを履き、ギュッギュッと音を鳴らしながら歩いていた。周囲のバンド仲間も同じような格好をしていたので特に疑問も感じなかったが、よくよく考えれば異様な集団だったと思う。周囲に革の匂いを漂わせていたと思う。 そして当時から「いつか自分でも革の小物を作ってみたい」というような気持ちがあった。それを仕事にする、というわけではなく、自分で使うものを自分で作って使ってみたいと考えていたのだった。 社会人になり、ライダースジャケットを脱いでスーツを着るようになった。それなりの時間が過ぎた。時折「何か作ってみたい」と思うことはあったものの、実行に移すことはなかった。いや一度、携帯のストラップを作ったことはあったけれど、その程度で終わってしまっていた。 先日連れに、今ここに書いたようなことを話した。すると、誕生日に 土屋鞄製造所 で販売されている「 レザークラフトキット ツールBOX 」をプレゼントしてくれた。おお、ありがとう! という気持ちと、全くの初心者なのに失敗せずに作れるのか? という気持ちを抱えつつ、作成してみることにした。 届いた化粧箱を開くと、このような感じで使用する道具が収まっている。「よしこれから作業をするぜ」という気分が高まってくる。 ガイドブックと動画解説を見て、とりあえず全体像を把握したあと、おもむろに作業を始めることにする。まずは 型紙を切り、革に貼り付けていく作業から 。そういえば、 マスキングテープを使ったのは随分ひさしぶりだな、などと考えつつ最初の作業は終了した。 型紙を革に貼り「菱目打ち」で穴を開けていく。 型紙を貼り終わったならば、印に合わせて「菱目打ち」という道具とハンマーを使って、 糸を通すための穴を空けていく 。コンカンと、一列に穴を空けていくと職人になったような感じがする。革を加工しているぜ、というわくわくした気分になってくる。最初は力の入れ具合がわからなくて、必要以上に強く叩いてしまったり、弱過ぎて貫通しなかったりしたのだ...

15年前のスニーカー(NIKE)

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先日、物置の中から古いナイキのスニーカーが出てきた。正確には忘れてしまったけれど、15年以上前に購入したものだと思う。いや、もう少し前かもしれないが、20年は過ぎていないように思う。確か、釣りに行く時に履くスニーカーが欲しいと思っていて、ふと立ち寄った店で目にとまったコレを買ったように記憶している。値段は忘れてしまった。 わりと気に入っていて、高頻度で使用していたせいか全体的に色褪せてしまっていた。しかしまだ履けそうだったし、赤のラインが挿し色になって良い感じに見えたので、ここ一ヶ月ほど休日の時に愛用していた。 ところが今日の朝、下駄箱を見て異変に気がついた。スニーカーのソールの部分が剥がれてしまっていたのだ。使用していた期間を考えると、このようなダメージが発生する確率が高いことは理解していたのだが、実物を目にするとそれなりに驚いてしまう。 せっかくなので、ソールの裏の部分を観察してみた。なにやら印字されていることに気がついた。この部分はソールを剥がしてみないと目にすることができない部分だから、見られることが目的で印字されているわけではないだろう。なんとなく貴重な部分を目にしたような気になった。 それにしても、ここまで酷使されて、スニーカーはどのように感じていただろう。数年ぶりに太陽の下に引っ張り出されて、気分良く最後の時間を迎えられただろうか。いいかげん、休ませてくれよと思っただろうか。 このスニーカーと一緒に何キロくらい歩いたのか、誰とどこへ行った時に履いていたのか、それはもう忘れてしまった。とりあえず、それなりに長い時間と距離だったことは間違いない。今まで、共に歩いてくれてありがとう。そんなことを考えながら、写真を撮ってここに記録を残してみた。 ☺ このブログの「目次」へ ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール   ✍︎: 佐藤への仕事の依頼&問い合わせ   ☑: ブログのTOPへもどる 佐藤ゼミでは、 文学作品を通して「考えるヒント」 を提供していきます。夏目漱石・芥川龍之介・太宰治・宮沢賢治など、日本を代表する文豪の作品から海外文学まで、私(佐藤)が読んできた作品を取り上げて解説します。チャンネル登録(無料)&高評価で応援お願いします。 ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「オンライン文学講座 佐藤ゼミ