【京都】護王神社へ参拝して、足腰の守護を祈願する。
護王神社へ参拝する
京都の護王神社は、足腰にご利益があるという。昨年の大阪万博でひどい腰痛を再発させてしまった私としては、気になる神社だった。参拝前に調べてみると、護王神社は「イノシシ」に深いゆかりがあることもわかった。私の干支は亥である。これはぜひ参拝しなければと、今回の京都旅の日程に組み込んだのだった。
なぜイノシシ? 和気清麻呂公のエピソードより
なぜ護王神社は、イノシシにゆかりがあるのか? それは、御祭神・和気清麻呂公の伝説に由来する。
奈良時代末期、称徳天皇の寵愛を受けた僧・道鏡は「道鏡を天皇にすれば天下が太平になる」という宇佐八幡宮の偽の神託を背景に、皇位を狙った。真偽を確かめるため宇佐へ派遣された清麻呂公は、道鏡の脅しに屈せず「皇族以外の者を天皇にしてはならない」という、真の神託を持ち帰って報告した。これが「宇佐八幡宮神託事件」である。
激怒した道鏡により、清麻呂公は「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」と改名させられ、さらに足の腱を切られたうえ、大隅国(現在の鹿児島)へ流刑となる。その道中、道鏡の放った刺客に襲われかけた瞬間、どこからともなく300頭ものイノシシが登場する。イノシシたちは刺客を蹴散らし、歩けない清麻呂公を約40キロ先の目的地まで守り届けたという。この伝説から、護王神社は「足腰の守護神」として広く信仰を集めたのだそうだ。
宇佐八幡宮神託事件を、読み返す
学生の頃、この「宇佐八幡宮神託事件」を読んだ時、正しい行いは紆余曲折があっても、正しい道に戻るものなのだ、とぼんやり考えた事を覚えている。しかし、この年齢になって読み返してみると、清麻呂公の我が身を顧みない信念の深さと強さに改めて感銘を受ける。
たとえ正しいと信じていても、しかも国家の一大事だとしても、圧倒的な勢いを持っていた道教に逆らうことができるだろうか。もちろん、私のような一般人と比較することはおこがましいことであるが、私ならば個人を優先してしまうかもしれない。ギリギリまで迷って、家族や周囲への影響を考えて(姉の広虫も「別部狭虫」に改名させられている)「長いものには巻かれて」しまうかもしれない。
天皇が崩御すると道鏡は失脚する。結果、清麻呂公は復権し、平安京造営など大きな仕事をなしとげた。最後は道鏡ではなく、清麻呂公が残った。権力を持つということは、さまざまな意味で「危うい」ものなのだろう。歴史から学ぶことは多い。そんなことを考えながら参拝させていただくことにした。
参拝し、足腰に関する祈願をする
境内の至るところに、猪のモチーフがある。それを探しながら、木々に囲まれた境内を歩く。心地よい空間で、安心感のある温かい空気が漂っているように感じる。
本殿に向かって参拝させていただいた後、足腰の回復を願う「足萎難儀回復の碑」へ向かう。足形の石に乗って腰の回復を祈願する。「願かけ猪」にも紙札をはさんだ串を立てた。色々とご祈願させていただいたので、これで大丈夫だろう、と妙な自信(?)が生まれてくる。心配せずに堂々と歩こうと思う。(実際に、旅行中は腰痛に悩まされることはなかった)
その後、授与所で「亥年生まれの方にはプレゼントがある」という案内が目に留まった。これはぜひ、と用紙に名前を記入していると、近くにいた男性が「(あなたも)亥ですか!」と驚いた様子で話しかけてきた。突然大きな声をかけられたので「あ、はい、そうです」と答えたもののそこから話は広がらず、まあ、それでは、どうも、という感じで、男性は行ってしまった。
おそらく彼も「亥年」なのだろうから、もう少し気の利いたことが言えればよかったと、少し残念に思った。「何と答えればよかったかな?」と妻に聞いてみた所「そうね」と笑っていた。今度また、会うことができたのなら、その時はもう少し話を広げられたらと思う。
【参考】 護王神社公式サイト
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