【福島 3泊4日の旅(最終日)】会津若松・七日町通り散策 福西本店とみそ田楽「満田屋」で締めくくる
七日町通りを散策する
レンタカーを返却してから電車に乗り、次は七日町通りに向かう。実は、今回の旅の初日は七日町通りのホテルに宿泊した。その時周辺を散策したのだが、夕方近い時間帯ということもあり、すでに閉店準備をしている店も多く、あまり観光ができなかったので、最終日に改めて来ることにしたのだ。
会津若松駅から電車に乗って一駅移動、七日町駅で下車。レトロな外観の駅(ここは無人駅だった)から散策をスタートする。七日町通りは「明治時代以降も重要な通りとして繁栄を極め、昭和30年代頃までは、会津一の繁華街としてにぎわっていました。その後、一度衰退したこの通りは現在大正浪漫を感じられる通りとして甦り、観光客に人気の通りとなっています。(会津若松観光ナビより)」とのこと。当時の面影を残した雰囲気の建物が続いていくので、そのような景色が好きな方は歩くだけでも楽しいと思う。
途中、修学旅行と思われる小学生のグループとすれ違った。それぞれがパンフレットやメモ帳のようなものを持ち、小走り気味に移動していく。「最後の人、ドア閉めろよ!」「あっ、〇〇だ!おーい」などと、道のこちらとあちらで声をかけているのが目に止まる。
【思い出】小学生の時は「学級委員」だった
ふと、自分が小学生の時の修学旅行を思い出した。その時私は学級委員長をやっていたので、集合時などみんなの前に立ち、大きな声を出すことが多かった。初日の夜、ホテルで「反省会」をした時のことだった。昼にずっと大きな声を出していたせいか、声がすっかり枯れてしまっていた。ガラガラ声で何とか話そうとしていると、私の様子を見た担任の先生が「お前たち、委員長がなんで声が枯れてるかわかるか。お前たちがすぐに集まって並ばないから、何度も大きな声を出さなければいけなかったんだ。反省しろ!」と説教を始めた。
私は、気まずい気分でみんなの前に立ち続けていた。声が枯れるという体験も初めてだったので、ただただ恥ずかしいと思っていた。先生が班長を指名して、どうすればもっとスムーズに集合できるか、などと意見を述べさせた。みんなは気を使って「明日は委員長に大きな声を出させなくてもいいように、すぐに並びたいと思います」などと言ってくれた。
翌日から、みんなの前に立って声を出そうとすると「委員長は声を出さなくていいよ、ここは俺が」と副委員長が代わりに「集合!」と声を出してくれた。クラスメイトも、すぐに集まってくれた。かなり早く集合してくれるので「◯組のみんなは、集まるのが早いね」と、隣のクラスの先生に褒められたくらいだった。
私が小学生だった頃、つまり昭和の頃の生徒は先生によく怒られた。殴られることもあった。正直、なぜ怒られるかわからなかったので黙っていると「なぜ怒られたかわかるか?」などと怒られた。そこで素直に「わかりません」と言うと、さらに怒られたりもした。理不尽といえばかなり理不尽だが、それでも適当な距離感で、なんとなくうまくやっていたような気がする。
そして今、思い返してみると、この時の担任(小学5・6年生)が、自分にとって恩師と呼べる先生だったように思う。委員長になったのも、何もせずに逃げて(?)いた私に「お前は委員長をやれ」と言われたことがきっかけだった。小中高の12年間を通して、多くの先生と出会ったが「恩師」と呼べるのはこの先生だけである。
かれこれ10年以上前の話になるが、ふと先生のことを思い出してネットで名前を検索したことがある。特徴のある名前だったのですぐにヒットした。先生はある小学校の校長先生になっていた。確かにこの先生ならば校長先生になっても不思議はないと、妙に納得したものだった。
福西本店で、日本建築に触れる
だいぶ話がそれた。元に戻そう。私たちは1件1件店を巡りながら、お土産を探したり気になるものを買ったりしながら散策を楽しんでいった。そして七日町通りの先にある「福西本店」にたどり着いた。
公式サイトによると「福西本店は19世紀後半から20世紀前半に栄えた会津若松の大商人福西家が、その豊かな財を費やして100年ほど前(明治後期から大正初期)に建てた蔵と商家建築です。(福西本店公式サイトより)」とある。私はこの時代の「贅を尽くした日本建築」を見るのが好きだ。「とにかく一番良いものを」と、費用ではなくその時代と主人の価値観で最も良いものを作るのだ、という気構えを体感できるのが楽しい。
今回も、所々でガイドさんに建物の説明をしてもらうことができた。「この柱に使われている木は…」などと、私たちのレベルでは普通(?)の柱に見えるのものが、とんでもない金額と技巧が施されているという説明を聞くと、どんどん良いものに見えてくる。単純である。そして、日本建築はいいなぁとしみじみ思う。
私の将来の目標のひとつに、古い日本家屋に住みたいというものがある。もちろん贅沢な建物ではなくていい。昔住んでいた、建て直す前の祖父の家のような、昭和の雰囲気を感じられる家に住んでみたいなと思っている。そんなことを考えながら、見事な建物と蔵を見学し、お土産を買って福西本店を後にした。
みそ田楽を食べて、さようなら福島!
さて、七日町散策の仕上げに「満田屋」で、みそ田楽を食べる。囲炉裏の炭火で一本一本焼いた田楽を食べて、今回の旅を締めくくった。ちなみに「満田屋」さんは、手間と時間をかけて一本一本手焼きをするスタイルなので、時間に余裕をもって行かれるとよろしいかと思う。
私たちは、話をしながら焼きあがるのをのんびりと待っているうちに、帰りのバスの時間が近づいてしまった。適当な電車の時間がなかったので、Googleマップを見ながら会津若松駅まで早歩きで移動した。歩いてみると、意外に近く感じられた。最後は少々慌ただしくなったが、このような感じで今回の福島旅は終了となった。



